畠中先生のコラム

習い事は、一に運動、二に運動

2016年11月16日

小学生時代、どんな習い事をさせたらいいのかというご相談を受けることがあります。最近は幼少期にどんな習い事がいいかとまで相談を受けるようになってきました。将来、英語が必要だと思うから英語をさせようとか、スポーツで頑張ってほしいから体操教室にしようかとか、芸術的感覚を養うために絵画教室にしようとか。

基本的には、親がさせてみたいことをひとつひとつさせてみたら良いと思います。幼少期および小学生の時期の子どもたちはまだまだいろいろな可能性があるからです。計算に長けているかもしれない。身体の使い方に長けているかもしれないし、スタミナがあるかもしれない。愛想が素敵かもしれないし、手先が器用かもしれない。小学生までは、あなたのお子さんがいったいどんな能力があるのかを見ていく時期でもあるのです。

そして最も大事なことは、子どもの時期はインプットの時期であるということ。とにかくいろいろな経験や情報が子どもたちの中にインプットされるようにする。そのインプットの内容によって我が子が成長していくに連れてアウトプットされることが決まります。

しかしながら、親というのは欲張ってしまうもので、あれやこれやと詰め込んで習い事をさせてしまう方もいます。ここが少し注意してほしい点ですが、習いごとは詰め込まないこと。夕飯を車の中で食べながら次の習いごとへ移動したりして、ヘトヘトになっては学習効果が薄れてしまいます。

ならば、何に絞って習い事をしたら良いか!

運動です。スポーツです。

運動と脳の発達には、密接な関係があることがわかってきました。運動することで脳は発達する。水泳、体操、野球、サッカー、陸上、なんでもいいかもしれませんが、子どもたちが楽しんで、しかも程よく疲れきってしまうくらいの運動をさせてあげてほしいと思います。そしてできるなら、いろいろなスポーツをかじる。スポーツによって、体の動かし方は違います。

いつも同じ動きをするスポーツではなく、いろいろな動きをするスポーツをする。これが脳の発達には効果的なのだそうです。

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反抗期を喜ぶべきワケ

2016年10月12日

それまでにこやかに話してくれたり、一緒に遊びにいってくれたりしていた我が子が反抗期を迎えると、今まで何気なく話していたことでも「うざい」と言われたり、無視されたりするということが起きます。

親としては今まで何も変わっていないと思うけれども、どうして我が子の反応や態度がこんなに変わってしまうのかと悩んでしまいますよね。

反抗期の我が子をどうしたらいいか、どう接したらいいかという悩みに対して、私は「正常に成長している証ですよ。せっかくうまくいっているのですから、どうにかしようとせずに、そっと見守ってあげてください」とお答えしています。

反抗期とは、我が子の正常な発達、成長の証です。喜ぶべきことです。テストで80点を取れるようになった、サッカーでレギュラーを取れるようになった、ピアノコンクールで入賞することができたと同じように、親に反抗することができるようになったのです。レギュラーも入賞も、そのこと自体が喜ぶことができるのですが、親への反抗は、親である私たちにとっては否定的ですので、つらい気持ちになります。

そもそも発達とは、どんどんできることが増えるだけではありません。年齢を重ねていろいろなことを経験するにつれ、できることが増える一方、できなくなることが増えます。

幼稚園の頃、先生がクマを指して「これなあに?」と尋ねると、子どもたちはこぞって「くま〜〜!」「ちゃいろいクマ〜」「くまさん!!」と我先にと答えます。幼稚園や保育園に通っていた時代、先生からの問いに対して、すぐに答えることができた私たちですが、大人になった今、「これ何ですか?」と尋ねられても答える大人は少ないですよね。成長まもない幼稚園の頃には考えられない、わからないことが、成長につれて増えた知識と経験によって、間違った答えを言って場を乱したくない、笑われたくないというような気持ちになり、幼稚園の頃にはできたことをしなくなるのです。

人は発達によって、それまでできたことをしなくなりますし、できることもできなくなることがあります。お母さん大好き!と言っていた我が子も、それが恥ずかしくなって言えなくなるのです。でもね、あなたが「うるせーくそばばぁ」と言われても「お母さん、ありがとう」という気持ちは持っていますよ。大丈夫。我が子を信じてください。反抗期を迎えたときは、子どもの発達を喜ぶとともに、母としてどこまで我が子を信じられるかということを試される期間に入ったということではないでしょうか。

 

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しゃべりすぎる母親

2016年09月18日

学習塾を経営していますと、そして学校の先生を何年も経験していますと、保護者面談の経験をたくさんすることになります。何年もこの仕事をしていると、保護者面談を1時間ほどするだけで、親子のかかわりがなんとなく見えることがあります。もちろん、その上で私の指導のスタンスを決めるので、仕事上役に立っているのですが。

まず、ここ数年よく目立ってきたのが、よく喋るお母さん。子どもに「何が得意なの?」と聞いて「算数」って答えても、お母さんが横から「計算が速くできるんですけど、ちょっとひねられた問題ができなくて考える力がないというか・・」と、ずっと言いたかったんですけどと言わんばかりにしゃべり始めます。

「いやいや、お母さんには後ほど伺いますから」

また、こんなお母さんも。
「何が得意なの?」と尋ねて、子どもがお母さんをチラッと見る。見られたお母さんはそれを見て見ぬふり。まるで『あなたが答えるのよ』と言わんばかり。それを見た子どもが『そんなあ』という顔で答えに困るシーン。

普段はきっとお母さんがいろいろとアドバイスをしているのでしょう。子どもが自動的に答えをお母さんに求めている証です。子どもは、嘘をつきません。小学5年生くらいまでは。親は外だけいい格好をしますが、子どもとのかかわりを見れば、それが作られたものか本物かはすぐにわかるのです。

普段からしゃべりすぎて、子どもにいろいろと伝えすぎて教えすぎて、子どもが親に正解を求める姿勢が作られてしまうと、子どもは受け身な姿勢ができてしまいます。そんなときにお母さんが「この子には、自分で考える子に育って欲しい」と言っているのを聞くと、「えーー、お母さんいつも、自分で考えてもダメって言うじゃないか」と心のどこかで思っていたりします。

本当に自分で考えてほしいと思っているのなら、まずは考えさせなければいけません。その後に、親としての意見を言えばいいわけですが、なかなか忙しい子育ての中では、待てないのでしょうね。私も父親として、待てないなあと感じることはありますが。

毎日毎日、子どもと接していると、じっくり待てずに「はやく〜〜してしまいなさい」や「〜〜なときは、〜〜するの」などと言ってしまいがちですが、「どう思う?」というそのひとことを言ってからでも遅くないと思いますよ。

 

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親心も、よしあし

2016年08月20日

大人になると、失敗したくない、失敗して周りからどのように思われるか不安という気持ちから、思い切ってチャレンジできなかったり頑張れなかったりすることがあります。

子どもの頃は、あんなにはしゃいで深く考えることなく思い切って生きていたのに、私たちはいつの間にか、チャレンジすることをどこかで自分のできる範囲の中でやっているだけになっているかもしれません。家族ができると守るものができるわけですので、あまりリスク覚悟でチャレンジすることもありません。だからこそ、歳を重ねてもチャレンジしている人を見ると、中年の星とか言って注目するし、そこに尊敬さえ生まれます。

私たち大人はそれでもいいかもしれませんが、子どものうちは不安とか関係なく、やりたいと思ったことをさせた方が良い。大人の立場からすると「そんなことをしたら失敗しちゃうよ」「そんなことしても周りからどう思われるか考えなさい」などと大人になったらからこそわかることを先に言ってしまい、子どものやる気を削いでいることがたくさんあるのです。

親心とは、子どもに危険な思いをさせたくない、悲しい思いをさせたくない心。そもそも悲しそうな子どもの様子を見たくありませんから、悲しい結果になりそうな感じがする場合、事前に止めに入ってしまう気持ちもわからなくもありません。ですが、私たちは親であって親でしかない。子どもも一人の人格者なのです。たとえ親であっても彼らの人生を決めることはできません。

子どもが「将来、オリンピック選手になりたい」と言っても、公務員になることを勧める親がいます。公務員も立派な仕事です。しかし、それでオリンピック選手になってみたいという我が子の思いを、そのチャレンジを、あなたはトコトン応援できるでしょうか。

「目指すだけ目指すならいいんじゃないの?」という考えで子どもたちと接しても、それはすぐに伝わり、「お母さんは僕を(私を)心から応援してくれていない、あ、私には無理なのかな」と思ってしまうこともあります。

将来、公務員でも何でもいいのですが、チャレンジする姿勢を子どもたちに持ち続けることも、生き抜く力を育むことになります。小さい頃から、中学生から、「将来の夢は公務員になること、それは安定だから」という発言を容認してはいけません。安定が幸せだとは限りません。親心に、安定安心という思いもありますが、本当にそれが我が子の幸せにつながるのでしょうか。

私たち親の、親心でしかないのであれば、それはちょっと横に置いて、子どもの声に耳を傾けてほしいと思っています。

 

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同じことを続けることの大切さ

2016年07月08日

幼い頃からいろいろなことをさせたいと願い、英語を聴かせたり中国語を聴かせたり、植物園に行ったり公園に行ったり、少し大きくなったらピアノに公文、バイオリン、水泳にサッカー。そしてさらに小学校高学年から中学受験を見据えて塾へ。人には「器量」というものがありますから、何のストレスもなく元気に通うようであれば、あれこれとさせても良いでしょう。その器量の大きさを親が見定める必要はありますけどね。

朝起きてまず、「おはよう」と言って朝の音楽をかける。その次に、教育テレビの英語を聴かせるとします。それが終わってから朝ごはんを食べる毎日を送っていると、数日のうちに子どもは、教育テレビの英語を聴くと「あ、もうすぐご飯だな」って思うようになります。英語が理解できなくても・・です。言葉が出なくても産まれて間もないときであっても、子どもは気づく力はあります。

気づく、先を想像させる力を養う意味でも、生活の中に「ルーティン」を入れることはなかなか効果的です。

今流れている音楽が聞こえた次に、何が起きるとわかっていれば、そんな毎日を繰り返していれば、日常の中でもいつも、次は何が起きるかなと考える力がつきます。そしてなおかつ、いつものルーティンと違うことが起きたとき、「何だ、これは?」と驚き、耳をそばたて周りを凝視し、いつもと違うこの状況を理解しようと情報を収集したり学んだりします。

これが学ぶ意欲を作り出します。いつもと同じ毎日は飽きますが、だからこそいつもと違うことが起きたときにそれが際立って感じ、学び取るのです。

毎日毎日違うことをして、いろいろなことを見聞きさせてやりたい気持ちもわかりますが、同じことをやり続けることがあってこそです。いつものルーティンが終わると、さあ今日の新しいことは何かな?どこへ連れて行ってくれるのかな?と思うとワクワクするじゃありませんか。私たち大人も、月曜から金曜まで同じ仕事場に通うそのルーティンがあって、土日の休みに何をするかが際立って楽しみになるように。

まずは、簡単なことからでいいので、朝だけでもいいし夜だけでもいいので「ルーティン」を入れてみてはいかがでしょう。

 

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