畠中先生のコラム

期待がじゃまをするとき

2012年11月30日

僕の息子は1歳になりましたが、いろんなことができるようになってくると、あれやこれやとできるようになってほしいなと期待してしまいます。でも、その期待が思うようにいかないとき、自分の心の中で苛立ちにも似たような気持ちが芽生えてくるのを感じるようになりました。

「ああ、こうやって、子どもに勝手に期待して、思い通りにならないから怒ってしまったりいらだってしまったりするんだなあ」

なるほど納得です。
自分の子どもには、思いっきり好きなことをさせてやろう。そう思うようになれそうです。実は、子どもの気持ちを尊重して育てるってことがピンときてなかったんですよね。頭では、言葉ではその意味を理解していましたが、実際に自分自身がそれができる器のある親なのかどうかは疑問でした。僕が野球が大好きだからといって、野球を好きになってもらう必要はないんですよね。わかっているけれど野球をさせてしまうんですよ、きっと。(笑)

たとえば、真面目にコツコツ勉強するようになってほしいって言っても、それは期待でしかない。だから、コツコツ勉強しないと「コツコツやるようになるにはどうしたらいいか」と考えてしまう。そしてうまくいかないことが続くといらだって、子どもに怒ってしまったりすると、それはもう親の期待通りに子どもが動かなから怒って動かそうとするだけ。でも怒って動かしたり、脅して動かしたりしても、中学生にもなれば効果はなくなります。

だからこそ、好きなことを思いっきりさせるなかで、自分で考えて道を決める力をつけさせれば、中学生になって、勉強してもしなくても、自分の人生を創りだすことができるでしょう。

とにかく考えさせます。自分で決めさせます。自分で決めさせれば、失敗しても自分で責任が取れる。本気で悔しがる。人のせいにしない人間になれるでしょう。自分で決めたなら、それは親として全力で応援する。自分で決めたことを親に応援してもらったら、今の僕だってそれは嬉しい。誰に応援してもらうよりも心強い。

そんな方針で育てるって決めても、甘やかしてたりして。
まあ、僕自身、お手並み拝見といったところです。

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真剣に怒る

2012年11月27日

子どもの頃に、どんなに遅くても中学生までの間に、どれだけの大人から真剣に怒られたことがあるかということが、後々の心の強さやストレス耐性、たくましく生きる力につながっていくと考えています。

テストの点数がそれほどいいわけではないにもかかわらず、いつもと同じように塾に来て、特別反省するわけでもなくいつも通りの顔つきで席に座ろうとする生徒に、僕は、その子が泣くまで真剣に怒りました。

「おまえ!それで真剣に勉強したって?、一生懸命勉強したって言えるのか!」

答案用紙も見ていませんけれど、顔を見ればテストに対してどのくらい真剣に考えていたかはわかります。

「あれだけ自習していても、あれは勉強したフリか?」

少々、理不尽かと思えるくらいまで怒ります。その生徒は、そんなに怒られるとは思っていなかったでしょうから。だいたい、テストの点数が良くないことでめちゃくちゃ怒られる塾なんてないと思いますしね。でも僕は、その生徒に対しても真剣にかかわったのです。保護者の方も、心から頑張ってほしいという思いで応援していました。しかし、その想いはまたしても本人には届かず。本人なりに「頑張った」のでしょうが、それで満足しても結果は良くならない。僕が真剣にかかわっているからこそ、自分の試験の結果を真剣に捉えていない本人の目を覚ます必要がありました。「自分が思っている以上に、周りはあなたのことを想っているよ」ということ。

根性を叩き直しです。
僕は怒ったら本当に怖いので、子どもは泣いてどうしようもなくなっちゃうけれど、その子の潜在的な可能性が見えるから絶対に伸ばしてあげようと思うんです。ただ、伸ばしてあげるには僕が本気になってかかわらなければならないし、本人自身も真剣に取り組まなければならない。

「俺は本気でやってるんだぞ!おまえは何をやってるんだ!」

そんなメッセージを投げかけているわけです。

今は、学校の先生だって本気で子どもが泣くまで怒らない。僕は学校の先生だったときでも、子どもが泣くまで怒っていました。そのお母さんから「そこまで言わなくても・・」と言われても、絶対にこいつを育てる!って決めたら、本気で怒りました。

真剣に怒られた経験もしてほしいんです。そこではじめて真剣に、自分自身の弱さに向き合うことができるから。

僕の教育の方針って、なんだか古くさいと思うんですが、それがいかされるときが必ずやってくると信じています。80点を取る生徒にだって、怒ってます。点数が良ければいいわけじゃないから。その生徒の姿勢なんです。生き方なんです。そこまで子どもたちに深くかかわって伸ばそうとする塾は、自分のところしかないと思う今日このごろです。でも、それって地域の方々に伝えにくいですよ・・どーしよ・・(笑)

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東京での一幕

2012年11月22日

仕事で東京にいってきたときのお話です。
西武線の電車に乗っていたのですが、乗ってきた5〜7人の高校生がワイワイ話していました。
その高校生は全員、違反の学ランを着ていました。正規の学生服から崩した学生服で、短ランとかボンタンとか、そんな名前だったのを思い出します。僕も小遣いをもらっては買っては着て、先生に取り上げられてまた買って・・・そんな無駄遣いを繰り返しながらかっこつけていましたね。(笑)

そうそう、その高校生の会話が、とってもおもしろかったのです。

「今日、バイトだ。こないだ休んだんだよな〜」
「休んだあとのバイトって気まずくね?」
「たしかに」
「そのときまず何て言う?」
「こないだすいませんでしたって言うかな」
「おまえはなんて言うの?」
「じゃ、練習しようぜ、俺、店長やるわ」
「俺、パートさん」
「俺、客な」
「なんだよ客って、バイトの裏側に客はいねーだろ」
「ほら、おまえ挨拶して入ってくるところからな」
「わかった。おはよござーす」

・・・・・・
とまあ、こんな感じで、電車の中でコントにも見える彼らの練習が始まりました。
まあ、悪ガキ高校生なんで、電車の中でも悪びれることもなく大声で練習しているんですよね。うるさくて迷惑なんですけど、これはこれでやろうとしていることは結構、まっすぐなんですよね。バイトを休むことが迷惑をかけていることをわかっているから、次の出勤のときに何て言うことが礼儀なのか、大切なことなのか、彼らなりに考えてそして練習する。

「おまえ、心こもってねーよ」
「いいよ、今は練習だろ」
「練習でできなきゃ本番できねーだろ」
「電車んなかでできるかよ」

本当に笑えてくる会話でした。おもしろい。にやにやして見ていると、
「笑われてんだろ」
と気づかれてしまいました。

このような高校生は、勉強はできないししないけれど、生き抜く力はついていくんだろうなと思います。そして、仲間っていいですね。練習する。「心こもってねーだろ」とちゃんと評価してる。まっすぐっていいですね。これが成長する素質なんだなあ。

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フル回転!です!

2012年11月17日

息つく間もない毎日が続いています。
保護者の方とお話をする間に、授業があったり書類を作ったり、それでいてテスト前なので授業内容をチェックしたり、保護者の方と長電話もあります。特に受験生は、進路を決定していかなくてはならない時期のため、話をする時間が頻繁になります。

フル回転のまま、いつの間にか週末がきてしまいました。
1日、1日、過ぎるのが早いです。もう、あっと言う間に年末がきてしまいそうです。

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あたりまえにヒントあり

2012年11月14日

ある生徒が「朝、お母さんが起こしてくれなくなった・・」と真剣に焦っていました。勉強もせず、塾に楽しそうに通っていますが、何か勘違いしていないかい?と聞きたくなるくらい、勉強には熱心ではありません。

そんな姿に「勉強しなさい」と言い続けてきたお母さんは疲れてしまい、ついに何も言わなくなってしまいました。そして何も言わないどころか、いつも朝、起こしていたようで、それをする気もなくなってしまったのです。

するとどうしたことか、「お母さんが怒っている・・これは勉強しなければ・・」と授業でもないのに自習に来るではありませんか。これには、びっくり。

あたりまえにしていることの中に、子どものやる気を引き出すヒントがあります。
親が口酸っぱく勉強のことを子どもに言っているご家庭によくありがちですが、もうそれは子どもにとってBGMでしかなく、それでも親がしてくれていることがあってそれが変わらない限り、親の小言はガマンして聞いておけばいいという認識ではないでしょうか。あたりまえにしてくれていたことをしてくれなくなったとき、親が変わったと思い、それは、自立への第一歩になるのでしょう。

それをよく「放ったらかしにすればいいのでしょうか?」と聞かれるのですが、そうではなく、「自分でさせて失敗させて、自分で責任を取らせる」ってことです。それを、成功すれば子どもの成果として褒めてやり、失敗すれば一緒になって考えてやる。しかし、次につなげるかどうか、次の行動に結びつけるかどうかは、本人に決めさせる。

何でも自分で決めて自分でやっているほうが、失敗があったとしても楽しい人生ですからね。

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もうすぐ立つかな

2012年11月08日

ウチの息子はそういえば、11月3日に1歳の誕生日を迎えました。まだ立って歩かないけど、机につかまりながら立ち上がるようにはなりました。おそらく、そう遠くない日に自分で立てるようになるでしょう。

僕も嫁さんも、息子に、立つ練習を一切させません。
立ちたければ、自分で立てよ。
上手に立てなくて、転んで頭を打って、泣き出すときばかりだけど、自分だけの力で立ち上がることに意味があるから。まだ足の筋肉がついていないから自分で立ち上げれないけれど、つかまり立ちをしていればそのうち筋肉がついてきます。そしたらいつかは自分で立ち上がるでしょう。

同い年の子はもう立ち上がって歩き回っています。児童館とかに遊びに行っても、1歳では、まだ立ち上がれないのはウチの子くらいです。でも、みんなができているからって、自分の子だけ遅れているんだろうかと思って、焦って立たせようと訓練したり練習したりしてはいけないんだなと思っています。だって、誰もがいつかは立って歩くんですからね。

僕はなんと、産まれたときから自分のことは自分でさせる方針です。だからこそ、自分の力だけで成長した姿を見たとき、本当に心から感動して心の底から褒めてあげられるなあと思います。でもね、かわいいからつい甘やかしちゃう。泣いちゃうと抱き上げてしまいたくなる。まあ、3歳まではそれでいいんでしょうけど。

もうすぐ立つかな。毎日、仕事から帰って、嫁さんから「今日はね・・」と息子のチャレンジぶりを聞くのが楽しみです。

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自分から舞台を降りるな!

2012年11月05日

どうして頑張れないかなあ?

中学3年生にとっては、進路の具体的な話が差し迫るころ、塾では進路先に悩む子どもたちがいろいろな姿を見せています。希望する高校に合格する見込みは厳しくても、あきらめずに頑張ろうと努力をする生徒もいれば、見込みが厳しいと思えばそれで希望する高校をあきらめようとする生徒もいます。僕は子どもたちに、この「あきらめ」の気持ちに負けずに立ち向かってもらいたいと思っているのですが、なかなか伝わらないことも多く、僕自身考え込んでしまいます。

まだ11月ですもん。あきらめる時期じゃありません。さんざん、一生懸命努力し続けているわけでもない。ほんの夏休み前から頑張り始めてまた3〜4ヶ月という今、あきらめる?一生懸命やってどうしても間に合わないならそれで納得もできる。でも、できる限りの努力をする前から、まだ努力の途中なのに、何かと理由を見つけてそちらの方がいいと思うからと、希望する進路を変えてしまう。

それって、逃げなんですよ。逃げているだけなんですよ。でも、それを中学生にはなかなか伝えにくい。伝わらない。伝わっていれば、その生徒はとっくに立ち向かっていますから。

他の理由を見つけて、結局はあきらめている。どうして、一度決めたことをもうダメだと止められるまででも頑張れないものか。もうダメだと人から言われる前に、自分から舞台を降りてしまう。すぐに答えを欲しがる。傷つきたくないからなのでしょう。だから、弱々しい若者が育っていると言われてしまうんです。

なんとかしたい。
とにかく、これじゃいけない!強くそう思います。

「先生のところに預けてよかったです。そんなに細かいところまで見て下さって、子どものことをわかって下さって、ありがとうございます」とお礼を言われます。嬉しいことですが、細かいところまで見えてもわかってもダメなんです。それをなんとかしたいんです。社会に出たときに通用する大人になることこそ、学力をつけることよりもずっと重要だからです。

大人が押し付けてはいけませんが、子どもたちが「〜したい」と思っていることを、あきらめずに実現できる環境を、そんな環境をつくるにはどうしたらいいか。今、目の前の仕事に必死ですが、ずっとその糸口を探し続けている毎日です。

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