畠中先生のコラム

完全オーダーメイドの苦労

2012年10月30日

デジタル化のこの時代に、オーダーメイドの授業をする!と謳って頑張っていますが、完全なるオーダーメイドを追求すると、とにかくアナログになっていきます。一人ひとりに合わせた授業というのは、その辺りで市販されている教材ではすべてを網羅することはできず、結局、先生方が手作りで生徒の今の状態に合わせたプリントを作ったりして行われています。

他塾はどうかわかりませんが、僕は、徹底的に一人ひとりに合わせることで、効率は良くないけれども子どもたちへの完全オーダーメイド授業を目指しています。先生方の苦労もそれまた大変なもので、子どもたちにわかりやすくするために、同じ単元の授業をするにしても、授業で使用するプリントを1回1回作り直して臨んでいるわけです。

ようやく子どもたちが、「先生、大変なんやな」と、人ごとのように声をかけてくれますが、それはそれで伝わっている生徒には伝わっているんだなと嬉しく思います。結果を出すために全力を出す!とは、そういうこと。結果が出たら、それは過去として、再び次の結果を出すために全力を出す。それが仕事ですから、それはあたりまえのことなのですが、子どもたちには、それが仕事なんだ!と伝えるには、良い環境だなと思います。間近で先生の苦労を知ることもまた、ウチの塾のいいところなんだなと思います。

ついに、自習が何人も増え、空席もなくなってきました。
みんな、がんばれ!

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立て続けの講演会

2012年10月25日

僕はまだ36歳ながら、ありがたいことに講演をする機会をいただいています。今月は、それが立て続けにあるので、なかなかてんやわんやの毎日です。

講演をするということは、たくさんの方々の前で数時間ずっとしゃべるわけですが、これはまた、人を惹き付ける話でなければいけないことはあたりまえのことです。それでいて、ユーモアも必要で、役に立つ話でなければ意味がありません。また、次も聞きたい!と思ってもらえるような内容にしなければならないことも考えると、本当に準備しても足りません。考えれば考えるほど、ごちゃごちゃになっていくのです。

そしてごちゃごちゃになって頭を抱えたとき、本当に伝えたいことは何なの?と自問自答することで、本当に伝えたいことをちゃんと伝えようとシェイプアップされていきます。

ここのとこ、徹夜に近い時間の使い方をしていますから、嫁さんも僕の身体を心配してくれますが、「よし!これでいこう!」と納得できるまでは眠れません。こんな仕事の仕方はよくないなあと思いながらも、大切な仕事をいただいたわけですから、これまた手を抜くこともできません。

まあ、いつまでも続くものではないから頑張っていられるわけですから、楽しんでいい時間にしてもらえるよう頑張ります。ちょっと、準備の合間にコラムを書いてしまいました・・・(笑)


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本当にやってないだけ

2012年10月24日

「点数が下がった原因は何だと思うの?」

これに対する子どもの答えは、

「わかんない」
「難しかった」

でも、突き詰めて聞いていくと「勉強していない」に辿り着きます。
自分が勉強していないと認めたくないから、わかんないとか、難しい、とか、仕方なかったんだという言い訳を持ってきます。


「点数が上がった原因は何だと思うの?」

これに対する子どもの答えもまた、

「わかんない」
「簡単だった」

客観的に自分を見つめて分析する力も養いたいものです。
それが成長。
一人ひとり、じっくり話している毎日です。

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親は焦り、子はのんびり

2012年10月19日

中間テストが返ってきました。
1年の中で最も範囲が広いと言ってもいい試験ですが、勉強をしたか不足していたか、それにつきる結果になっています。そりゃ、継続して勉強している教科はそれなりに点数が取れていたとしても、社会などいつもなら一夜漬けでやっていた教科は、こんなに広い範囲なんだからいつもより早く勉強を始めなければならないことくらい、周りの大人は口を酸っぱくして言っています。

でもねぇ、本当に、本人が気づいて、やろう!って思わない限り、大人からの言葉はただの鬱陶しいBGMでしかないわけです。

僕に、子どものやる気を出させてください。子どもが勉強するようにしてください。と相談がきますが、こればっかりは難易度が高い。人の気持ちをコントロールすることはできないからです。

あるお寺にお参りにいったときのこと。
そこの境内で、なんとお坊さんと一緒に勉強している中学生がいました。お寺のご住職さんに「あのお坊さんは、勉強を教えているんですか?」と尋ねると、「そうなんです。あの中学生の子があまりにも勉強せず、塾からも追い出されて、こちらに相談に来られ、勉強を見ることになったんです。こんなこと、初めてなのですが、これがまた難しい。勉強しようと思ってないんですから。私達は何もしてあげられません。」

続けて住職さんは「親は焦り、子はのんびり。親は結果ばかり焦るから、結果ばかり求められる子どもはどんどんやる気をなくす。子どもが立つのを、じっと待つしかないんですけどね。」と笑っていました。でも、勉強を教え続けているそうです。やる気が出る日を待ちながら。

ウチと同じだなあと思います。絶対に成績が上がる虎の巻なんてない。塾で、コツは教えてあげられるし、問題の解き方も簡単な方法を教えてあげられる。でも、そこまでですから。それ以上手をかけても、それは大人になる成長過程の小中学生にはあまり役に立たない。教育は、本人が大人になって活躍できる人になるための土台づくりをすることなのですから。それを数学や英語、社会という勉学を使ってやっているにすぎない。数学で考えさせ、英語で語学に慣れ、外国を知り、社会で世の中のことを知り、理科で万物の事象について興味を持つ。試験という試練を通して、己の生活習慣を知る。そして、できない自分と戦いながら、できる自分、ありたい姿の自分になるために失敗を繰り返しながら練習に励む。それらを経験することで、その過程で、大人になって仕事をするときの土台を学び、生き方の基礎や心のコントロールを学んでいるのです。

受験という現実を考えれば、そんなの建前だ!詭弁にすぎん!という人もいますが、そうではない。それが本質であって、それが必ず、最後の最後で実を結ぶんだという確信があります。

今週末もまた、先生方を集めて研修です。一人ひとりの子どもたちへの学習指導から、どんなふうにしてかかわっていくべきか、よく考えて対策を立て、次の期末試験に備えます。
来週からは、子どもたち一人ひとりと話し合いです。今回の結果を子どもたちがどのように考えているのか、前回の反省をいかして成長したのか、いかせなかったのか。僕は、この時間が一番好きです。子どもたちの本当の気持ちが聞ける。泣きそうになりながら悔しがる子もいれば、勉強から逃げている自分に気づく子もいる。わかっているけど、行動に移せない自分をもどかしく思っている子もいる。子どもたちの声をしっかり受け止めながら、前に進めるように背中を押してあげたいんです。

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見守る

2012年10月12日

僕の塾で働いてくれている先生に「Cafeをやらないか?」と持ちかけたのが数ヶ月前。実は、数ヶ月前、仕入れから何から何までを大学生の手だけで運営する「Cafe」を企画しました。大学生が社会に出る前に、仕事とはどういうことなのか、お客様からお金をいただくということはどういうことなのか、それらを身を以て体験する機会があってもいいと思い、時間を見つけてはあちこちの企業を尋ねてまわり、Cafeのスペースを貸してくださるところを探していたのです。

念願叶い、ある企業とコラボしてカフェのスペースを貸していただき、さらに、あるデザイナーの方々がイベントを開催するにあたり、カフェなんてやったことがない彼ら大学生に「カフェをやってみないか?」と打診がありました。

船出したばかりでしたので、そんな打診を受けても良いものか迷いましたが、ありがたくさせていただくことになり、僕の塾で働いてくれている先生も含め何人かの大学生が何度か打ち合わせを重ねて、今日、全体会議でどんなカフェにするのかを発表することになりました。

しかし、そこは大学生。プレゼンのイロハもわかっていなければ、考えていることもまだまだ短絡的。当然、あれこれと質問責めにあうことになり、何も答えられなくなってしまいます。それでもイベントを運営するデザイナーの方々にしてみれば仕事なので本気でやっています。短絡的なものの見方しかできていないは仕方ないにしても、質問に答えられない、返事もまばらになってしまった大学生に対し、厳しい意見が飛びました。

「ふざけるなって思うよ」

それらのやりとりの最中、そもそも、この大学生にカフェを経営させる企画の発起人である僕は、ずっと黙ってその会議を聞いているだけでした。

会議が終わり、イベントの主催者ところへ行き、頭を下げます。
「迷惑をかけます。厄介をかけますが、どうかよろしくお願いします。」

すると、イベントの主催側の方に「よく、黙っていられますね?いろいろ思わないんですか?」と尋ねられ、僕はひとこと。

「それが僕の役割ですから」

会議中、そりゃ、大学生のプレゼンの甘さに、ダメだこりゃって思います。でも、それも含めてチャレンジ。失敗してもいいからやってみなさい。そういう気持ちで始めたことなんです。大学生は、彼らなりに一生懸命考えてプレゼンしてみた。でも、ビジネスとして生きている人達からみたら、まだまだ低レベル。それを目の当たりにすることで、仕事の重みを感じてくれたらいいんです。

カフェをうまくいかせるために僕がいるのではなく、僕は、彼ら大学生にとっての保護者の役割。大学生にとって良い体験にすることが僕の役割であって、カフェを成功させることじゃない。カフェを成功させるのは大学生の役割。すべて彼らの手でカフェを成功させなければならず、僕はそれをじっと見守る。そして、不手際があれば僕が頭を下げる。

「先生、教育って忍耐なんですね」

そう、デザイナーの方に言葉をかけられ、会議の場をあとにしました。

今日、彼らカフェのメンバーはショックだったかもしれない。でも、そのあとで僕と少しばかり話をして、ホッとしたようにもう一度、アイデアを練り直していました。そのとき、「ああ、親子の関係ってこうでなくてはいけないのかな」と感じたんですよね。子どもは、家の外で戦っていたり、頑張っていたり、葛藤していたりする。でも、家から黙って見守ってあげることで、子どもたちは頑張って乗り越えようとする踏ん張りが生まれるんだと思うのです。僕があの会議のあとも、彼ら大学生の面々に「何やってんだ!」なんて言っていたら、彼らは居場所がなくなってしまうんです。

僕が最後の砦として控えているから、彼らは頑張って自分の力で乗り越えられる。

とてもとても、大切なことを勉強させてもらった1日でした。やっぱり教育は、自分の力で乗り越えられる力をつけさせる仕組み作りなんだと思うのです。

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ぎっくり背中

2012年10月10日

僕の嫁さんと息子は、広島県尾道市にある実家に帰っています。1週間ほど滞在するようなのですが、「いってらっしゃい」と言った後の夜に、なんだか腰のあたりがおかしいなと思っていると、翌朝なんと、身体が動かないではありませんか。

朝6時すぎに「痛っ」と目が覚めると、背中全体が強烈に張っていて、起き上がれなかったのです。過去、ぎっくり腰になったことはありますが、腰ではなく背中全体が痛い。そのまま午前中に人に尋ねたり、調べたりすると、なんと「ぎっくり背中」なるものが存在することをはじめて知りました。

瞬間的に筋肉が伸びたりしてロックしてしまうぎっくり腰とは違い、もうずっと長いこと背筋に負担がかかり続け、背筋がギブアップしてしまい、背中の筋肉が伸びてロックしてしまったようです。おそらく、それだけ長いこと息子を抱いていたからだと思います。未だに、立ち上がりもしなければハイハイもしない。ようやく寝返りをしたばかりの11ヶ月の息子は、11キロ。とにかく重い。それを、毎晩抱いて寝かしているわけですからね。添い寝して寝付けようと練習していますが、まあ、なかなかそうもいかない。まして、親が疲れている夜中は、もうつい、安易に寝かしつけられる方法をとってしまうから。僕が抱いて寝かせる毎日でした。

なんと、ぎっくり背中なんて、聞いた事もない。
とにかく午前中は動けなかったけれど、午後になって少し動けるようになりました。疲れや睡眠不足もあるのでしょう。悲鳴を上げた背筋は、2晩グッスリ眠れたおかげで元に戻りました。ぎっくり腰とは違い、今はもう痛みもスッとひいています。

いやあ、びっくりしたな。こんなことってあるんだ。

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子どもの気持ちを受け止める

2012年10月07日

勉強が好きではない子どもにとって、勉強になると受け身になりがち。塾にいても、先生に「はい、ノート出して」と言われないとノートを広げない。基本的に、勉強はしなくていいならしたくないっていうのが子どもの論理ですからね。勉強は、能動的になって初めて学習効果を発揮します。我々大人は、能動的にしたいと思うから「点数が上がったらこれ買ってあげる」とか言いますが、中学生や高校生にもなれば、そんな子供だましなことではその気になっても本気にはなりません。

勉強をしてみよう!と思い、
ちょっと勉強をしてみて、
あ、できたと思うから、
次もやってみようと思う。
それもできたら、その次もやろうと思う。
それを繰り返していくことで、何も言わなくても勉強するようになります。

でも、多くの場合、全然勉強が好きではない子どもが、勉強をしてみようと思うには、相当な時間がかかります。テスト前になっても取りかからないもの。ちょっと勉強してみよう!というくらいの軽い気持ちですから、少しの時間しか勉強しなかったりします。そんな姿に、つい「勉強しなさい」と言ってしまう。すると子どもは「わかってるのに」「ちょっとは勉強したのに」と心の中で思い、やる気をなくしていきます。

子どもたちは、ちゃんとわかっています。塾に行っているんだから、塾では勉強しないと、と。テスト前なんだから勉強しないと、と。そして、自分は頭がよくないから勉強しないと、と。でも、私達大人が、さあやるよ!これやって、その次はこれして!と言って、あれこれ指示をすればするほど、子どもは「言われた通りにすればいいのか」と、何も考えない習慣だけが繰り返されていきます。

「先生、話を聞いてほしい」
そう言われれば、授業中でもちゃんと聞いてあげます。
「先生、これは何?」
勉強と関係のない疑問でも、子どもの「なぜ」には答えてあげます。

それがたとえ寄り道に見えても、それらをすべて応えていくと、
「先生、勉強しようよ」
と、子どもは必ず言います。
その後は、黙々と頑張ります。授業中、イヤイヤ頑張らせても、頭には入らないから、塾の最後に実施するテストでも合格できない。合格できないと居残り。テンションも下がりますね。気になっていることも話せた。気になっている疑問も解決できた。そうなると、やるべきことをやるようになるんです。

子どもたちには、いろんなものがくっついています。悩み、不安、疑問、期待・・・それらすべてを受け止めてあげることで、子どもたちは自らやるべきことを自らはじめていきます。受け止められていない生徒は、やはり何をしてもさせても効果を発揮しにくいのです。

居残りが減ってきました。テストの合格ラインも合格していくようになりました。また、ひとまわり、子どもたちの成長する姿が見られると思います。

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大風呂敷を広げる

2012年10月01日

知らないうちにコジンマリと生きていた僕は、しばらくコラムを休みました。
別に、人生はずっと全力で生きなくてもいいです。疲れてしまうから。でも、まだまだ僕は36歳。休む年じゃない。やっぱり、ガツガツやろう。

そんなことに気づいたのは、ごくごく最近のことでした。
子どもが産まれてからの1年弱。誕生の幸せを感じるあまり、今の自分に、今の人生に感謝するようになりました。それくらい僕にとって、『息子の誕生』は感動だったんです。そして、感謝すればするほど、僕はだんだん満たされていきました。

何も手を抜いているわけではないし、毎日楽しく、時にガマンもしながら懸命に生きているわけですが、何かが違う。いつもの自分とは違う。この数ヶ月間、それだけはわかっていたんですよね。

つい先日、NHKの番組で矢沢永吉のインタビューが放映されていました。その番組を見て、ガツーン!と僕の中で衝撃が起きました。

「そうだ!」
「思い出した!」

僕は学生の頃、「学校をつくる!、俺のしたい教育ができる場所をつくる!」と言っていました。教育の分野に身を投じる覚悟は決めていたものの、自分にしかできないことをしたい!って強く思っていた僕は、大風呂敷を広げて、周りから苦笑いをもらいながらも、心の中では着々と計画を練っていました。今、その第一歩である自分の教室を持つことができ、あのときの夢が実現に向かっています。

なのに、何かが違うという感じは、矢沢永吉さんのインタビューでわかったんです。

矢沢永吉という人は、若い頃、がむしゃらでした。ガツガツして生きていた。それについて、「怖かったからじゃないかな?」「不安だったからじゃないかな」とインタビューで答えてらっしゃいました。

僕は今、毎日に満足しているから特に怖くない。本当にありがたいことで、とても良いことだけれど、それは自分が安全圏にいるってこと。矢沢永吉という人は、安全圏にいようとしないんですね。だからいつも怖い。怖いからがむしゃらにならざるをえない。それが、あの人のエネルギーなんですね。

僕も学生の頃、「俺、どんな人生になるんだろう、どう生きていくんだろう」と不安でした。「いい人生にしたい」と思うから、たとえ身体を壊しても無茶をして働いたときもあったし、家族がいる身で、どうなるか怖かったけれど、学校の先生を辞めて独立するチャレンジをしてきました。昨年、黄檗校を開校して、明け方4時近くまで仕事をしていたときも何度もありましたから。

満たされているこの感じは悪くないけれど、もう充分です。だから、また大風呂敷を広げます。できるかできないかわからないけれど、やりたい!と思ったことをやる。再び、かなり思い切って生きていくんです。僕はやっぱり、その生き方が楽しいから。矢沢永吉さんの足下にも及ばないけれど。

僕の生き方が、先の見えない時代に足がすくんでいる今の子どもたちに、少しでも勇気づけになれるようがむしゃらにやりたいと思います。

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