畠中先生のコラム

4年に一度の本気をみよう

2012年07月28日

オリンピックが開幕します。僕は、いつもオリンピックを心のどこかで楽しみにしています。もう4年前のオリンピックはどうだったのか、何があったのか、忘れているんですけどね。4年間ずっとこの日のために捧げてきたアスリートの気持ちと努力の結果が、競技をする姿や競技の後の表情に現れる。テレビを通してみるオリンピックですけれど、充分心に伝わってきます。

先日の男子サッカーのスペイン戦。
それまでのプレースタイルも一生懸命だったと思いますが、試合終了直前、ロスタイムに入るや否や、すべての選手がボールを追いかけて全力疾走していました。1点勝っていましたが、スペインがボールをまわしているところを取りに行こうと必死に走っている姿がありました。ロスタイムは3分か4分かそんなもの。守りに入ってもおかしくない時間帯に、選手はみんな、前線に上がってボールを取りに行っていました。90分戦って、疲れているはずなのに。スタジアムのどよめきがテレビを通して聞こえてきました。なんで、あんなに走れるのか、90分の最後にこれでもか!っていうくらいボールに向かって走り続ける日本代表のプレーに拍手が送られていました。

「あれ?日本って、こんなチームだったかな?」

そんな違和感を感じていると、ベンチで、顔の前で手を合わせて祈っている選手が画面に映りました。23歳以下の若い選手が一人一人、がむしゃらに「勝ちたい」と祈り、身体全部を使って全力でプレーする。僕の塾で働いている先生方とそう変わらない年齢の選手が、「勝ちたい」気持ちを前面に出してプレーする姿は、強く心に響きました。

20年前までは、日本のサッカーが世界で戦うなんて想像できなかったでしょうけど、今は「勝ちたい!」って強く思えるようなレベルまで上がったんですね。そんな歴史と成長を感じながら、この4年間、一生懸命努力してきた選手の姿をテレビを通して応援したいと思います。

4年前、みなさん、どこで何をしていましたか?
僕は、まだ独身でした。あたりまえだけど、子どもも産まれていなかった。おじいちゃん、おばあちゃんも生きていた。僕は学校の先生でした。当時は、4年後に黄檗の地でこんなことをしているとは思っていませんでした。学校の先生としてただ毎日、一日の休みもなく、野球部の顧問として野球の指導に明け暮れていた。

それはそれで、幸せで満足した年月だったけれど、オリンピックに出場する選手のように、4年間必死に一つの夢を追い求めて厳しい試練を乗り越えることはしていない。だから、今年もオリンピックを見て自分の4年間を振り返って、感動をもらって、また4年間の出発にしたいと思っています。

4年に一度の本気です。子どもたちにも見て感じてもらいたいものです。

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ニセ血判状(笑)

2012年07月25日

夏休みに入りました。中3は部活動を引退し、いよいよ夏期講習本番といった感じです。連日、教室は授業と自習の生徒でにぎわっています。通常は教室内での食事を禁止していますが、夏期講習中はみんなで食事を取りながらわいわい話す光景も見られます。子どもたちが朝から夜まで、どっぷり塾で勉強してくれることはとっても嬉しいです。

学校のようにワイワイしすぎて、集中せずダラダラ勉強しないように、休憩中は楽しく話してワイワイし、勉強するときは教室の中がシーンと静まり返っているので、非常にメリハリが持てている今年の中3です。高3も中学受験をする小学生も連日の塾での授業をよく頑張っています。

今回、夏期講習に参加の生徒は、学校から出されている夏休みの宿題をすべて塾に提出する日を決めてもらっています。その日付までに、必ず塾長に出す!そういう意気込みを紙に書いて貼り出しています。筆で提出日を書き、自分で署名をし、最後に拇印を押すんです。拇印は、その昔、血判状に用いられたくらいですから、絶対にやる!っていう覚悟の現れです。

「え〜?まじで〜?」
そんな顔をしながら、拇印を押す子どもたち。中には、拇印を押すことを躊躇する生徒も。(笑)
僕が「それ、押したら後戻りできんからな。絶対に期限を守れよ!」って言うからです。
でも拇印を押すと、子どもたちはそれぞれ「何日に出すことにした?」と友達に聞いて回り、ちょいと盛り上がっていました。

こうやって、やりたくない勉強も夏休みの宿題も、ひと工夫でおもしろい取り組みになります。勉強の計画表とかそういった堅苦しいものではなく、笑いがあって、それで意欲が出る試みをどんどん展開していきたいと思います。

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不変な力を認める

2012年07月14日

そうそう、前述にある通り、僕の祖父はどんなときも「おまえには素質がある」って言っていました。幼いころから言われていたのですが、一昨年に祖父が亡くなるまで、僕はなぜか「何の素質があるの?」と尋ねることはありませんでした。なんとなく尋ねたくなかったのかもしれません。何の素質かをはっきり言われると、僕の素質はその何かに限定されてしまうからです。祖父も、わざと言わなかったのかもしれません。

僕の親は、僕に賢いと言ってくれました。この「素質がある」や「賢い」というのは、状況によって変わらない不変な力であり不変な資質です。賢い人でも失敗はするし、素質があっても試合には負けることはある。しかし、素質はなくなりませんし、賢いというのも変化しません。子どもにとって、この不変な力を認めてもらえることがどれだけ嬉しくてたまらないことか。心はものすごく安定していきます。

テストで良い点を取ったら認めてもらえる、悪い点を取ったら認めてもらえない。その場合、子どもは不変な力を認めてもらっているとは思えないものです。自分の出す結果によって親からの対応が変わるということだから。それでは、テストで緊張して力を発揮できなかったり、テストが近づくと憂鬱になったりするでしょう。何より心が安定しない。自信がないお子さんにたびたび見られる家庭環境です。ご両親からすると「そんなにガミガミ言っているつもりはない」と言われますが、大人からしたら「え?」と驚くようなことを思ったり感じたりするのが子どもです。子どもは、とっても親の気持ちを感じ取ることが上手ですから、特に何も言っていなくても表情や何気ない会話のひとことで、お子さんは感じ取っています。

ところで僕は、いったい何の素質があるのでしょうか?(笑)、本当に僕は賢いのでしょうか?(笑)
本当のところどうなのかは、どうでもいいんです。
僕がそう思っている、そう信じていることが、今の僕をつくりだしています。それはすべて、僕の祖父や親が浴びせてくれた言霊のおかげです。子育てや教育って、こういうことでいいんだと思うんです。一人一人、不変でなかなかみどころのある力があるものです。それを見つけて認めてあげることが、子どもの人格そのものを肯定することになり、自尊心を高め、自信を持たせることになる。その積み重ねの結果、チャレンジ精神を生まれ、強く育っていく。強く育てば、もう手放してもいいでしょう。

僕が社会に出たばかりの頃に先生をやっていたとき、生徒に向かって褒めるとき、「おまえ、なんかいいぞ!いい!それでいい!」って言っていました。若いときは、先生とはいえ、子どものことがあまりよくわかりませんでしたから。だから、そんなふうにしか言えなかった。「はあ?先生、なんかいいってなんだよ!教えてよ!」って言われていましたが、そのときの教え子たちは今でも「先生、いつも言ってたなんかいいって何?」といつまでもそのときのことが話題になります。

僕は、何の素質があるのか、きっと死ぬまでわからないでしょうが、祖父からの贈り物として今でも大切にしています。

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三者懇談会ですね

2012年07月13日

子どもは、まだまだ足りないところがあるけれど、確実に成長している。それはどんな大人の方も頭ではわかっていますが、その成長をただただ心から褒めて認めることができない方は多いんだなと思います。そこには、親が思う「これくらいはできてあたりまえ」という思いや願い、期待が邪魔をしています。そんなことで社会に出るまでに間に合うのかという心配や、この子の将来は大丈夫なんだろうかという心配も同様。僕も子どもが産まれて、そんな気持ちを感じるようになったくらいですから、僕の両親も同じように僕のことを心配していますし、元来、親っていうのはそういうものなのでしょう。

先日、ある保護者の方が「生まれた頃は、元気で育ってくれたらそれでいいと思っていたんですけど、やっぱり勉強できない姿を見ると、これはいけないのかと思いまして、でももう遅いですし、元気で育ってくれたらいいっていうのも貫けなくて・・」とお話されました。

保護者の方は自分の育て方を責めますし、お子さんにも勉強させようとするかもしれない。でも、そんなことをしなくていいんですよね。なぜなら、子育ては正解のないものであって、何がいいのか悪いのかわからない中で一生懸命考えて育ててこられたわけです。反省することはあっても責める必要はない。僕の嫁さんが一生懸命、何がいいのか考えながら子育てをしているように、それ以上にみなさんやってこられたわけですから。

また、ある保護者の方は「この子、私から見ても本当に一生懸命頑張っているのに結果が出なくて、見ていてなんとかしてあげたくて、どうしていいかわからなくて・・」とお話されました。お子さん自身も自信を失いかけていて、お母さんも自信を失いかけていて。僕は「どんな状態になっても、ご両親はこの子の力を信じてあげてください。お母さんが不安になったりするとお子さんも不安になってしまうから。お母さん大丈夫、この子は。」とお伝えしました。

今、多くの中学校や高校では三者懇談会が始まっている頃です。ぜひ、保護者の方から見てどんなに成績がよくないと思ったとしても、「大丈夫、きっとうまくいくと信じてるよ」って、気長に待つ気持ちで声をかけてあげてほしいと思います。その「信じているよ」っていう言葉は、次こそ結果を出してくれることを期待しているという意味ではなく、あなた自身の力を信じているという意味です。

僕が子どもの頃、僕の祖父は、僕がどんな悪さをしても僕がどんなときでも「おまえには素質がある」って言っていました。何の素質か知らないけれど。(笑)僕の両親も同じだった。僕が塾の先生からボロクソ言われても、担任の先生から注意されても、「あんたは賢い」って言ってくれてた。おまえの正しい道はこっちだよと、毎日口うるさくて、中学生のときから「こんな家、出て行ってやる!」って思っていましたから、大学生になってからまともに実家に帰りませんでした。そんなふうに逃げたりしたときでも黙って待っていてくれたのは、本当に僕のことを賢いと信じてくれていたからだと思うんです。寄り道をたくさんしたけれど、親の期待もさんざん裏切ってきたけれど、天狗にもなって傲り高ぶった時期もあったけれど、僕が自信を失わなかったのは、両親のおかげでした。

お子さん自身が、誰よりもお子さん自身のことを大切に思っています。そのお子さん自身を一番信じてあげるのがご両親。お子さんも、誰にも信じてもらえなくてもご両親だけには信じててもらいたいですから。そして、ご両親もまた、お子さんの成長を見て、ご自身の育てられたこれまでは良かったんだと信じてもらいたいと思っています。僕の母を見ていて本当にそう思います。僕の母親のおかげで今の僕がいますもん。親の育て方がどうであっても、子どもは心の底からそれを否定することはありません。だからこそ、ご両親には、ただただお子さんを信じてほしいと思うんです。それが、自宅でやる気スイッチをONにし続ける方法だと思っています。

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やる気スイッチの陰に両親あり

2012年07月12日

昨年から通塾していただいているその生徒は、まったくもって成績が向上していません。学校の授業も聞いていないどころか、塾での授業でさえも寝てしまうこともありました。保護者の方は、「成績が上がらなければ塾をやめさせます」と本人に言ってみたものの、本人はそれほど発奮せずにテストの点数はいつも通り。

「しばらくの間は成績が向上することを望まないで下さい」と保護者の方にお願いし、そのお子さんの生活態度、勉強に対する姿勢、考え方、そういったものから変えていくことを始めました。忘れものをしては、どんなに雨降りの日でも家に取りに帰ってもらいました。人としてたいせつなことを語る時間をつくるために授業をマンツーマンにもしてみました。しかし、保護者の方は、それでもまったく家で勉強をする姿勢を見られないことにいらだち、疲れてしまっていました。

このたびの保護者面談では三者面談となり、保護者の方の想いと本人の想いをお話いただき、少しでも本人が気持ちよく勉強に向き合えるように、保護者の方はお子さんのことを許し、安心してお子さんの成長を応援できるように僕自身が間に入ってみました。

そんな生徒が、塾での三者面談後、期末試験で自分の目標点以上の点数を取ってきたのです。うれしかっただろうと思い、「よかったな」と声をかけようとしたとき、その生徒はこう言うのです。

「先生、あの〜、こないだの面談では言えなかったことで、でも言っていいのかすごく迷うんですけど・・、当然、親にも言ってないし、とても言えないんですけど・・・」
「なに、どうした?」
「上のクラスに上がりたい。少しでも勉強できるところへ行きたいんです。こんなこと、勉強してない自分が言えるわけないんだけど。」

そんなことを口にする生徒ではありませんでした。そりゃそうです。口にできるほど頑張っていなかったから。でも、そういう想いはずっと持っていたんだと思います。しかし、マンガを見ちゃうとかテレビを見ちゃって、今日こそ勉強しようという気持ちが負けてしまう毎日を送っていたのでしょう。それに対して自己嫌悪になっているところにお父さんやお母さんから怒られてしまったりすると、次は頑張ろうという気持ちだってなくなってしまう。そのうちにテスト期間に入り、当然自信もないまま勉強するので結果も出ない。

保護者の方からすれば、わかってるんなら頑張ればいいだろう!と思うのですが、そこはまだ、心が発展途上なわけですからあたたかく見守ってやらなければならない。

塾の授業は、今はもう寝ていません。そんなレベルかと思うでしょうが、これを褒めてあげなきゃいけないんです。宿題もちゃんとやってきています。忘れものもグンと減りました。そして、塾で一生懸命やっていた数学だけは点数が上がりました。他はいつも通りですよ。それでも、心から褒めてあげること。うまくいっていないことがあっても、たとえ1教科であっても目標を越えたんですから。それを認めてあげること。

今まで一切、夏期講習も冬期講習も、テスト前の増加授業さえもさせてきませんでしたが、今回は「先生、夏期講習やりたい」の言葉に、「どうぞ、頑張りなさい」と声をかけてあげることができました。

「先生、もう本人に任せますんで」と保護者の方からお電話をいただいたとき、本当の意味でのウチの塾への通塾がスタートしたなあと思いました。お子さんは、任されると自分で考え自分で決断するようになる。大人扱いされているという自尊心が高まり、何事にも頑張ろうという姿勢が生まれます。

まだまだ成績が上がるには道は長いかもしれないですが、本人のこの気持ちを大切に大切にして、あきらめることなくいろいろと手を尽くしていきたいです。

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いろいろなお客さん・・・

2012年07月11日

僕の嫁さんは、とても人脈作りが上手です。あ、これ自慢ですね。(笑)
この数カ月、ママ友ってやつでしょうか。なんだか聞いたことない名前の方の話を聞くことが多いのです。しかも、どこかへ行っているらしいのですが、あちこち行っているみたいなので、いったいその場所が何をするところなのかさっぱり覚えられません。家に帰ると、または翌朝になると、「あのね・・・」とどこかへ行って、誰かと何かした話を聞きますが、いつもよくわからないので「こないだ言ったじゃないの」と言われます。(笑)まあ、何かしら楽しいことをやっているようです。

そのうち、家にお客さんが来るようにもなりました。いつの間にかマンションの隣近所の人と仲良くなっていて家に呼んでいるし、あちこちで知り合った人たちと一緒に英語を勉強していたり・・・。それはいいのですが、つい先日は、インドネシアの方が来ていました。うわ~、外国の方とも知り合いになったのか・・・と。でも、楽しかったですね。片言の英語ですが、話して楽しんで、日本の食事を紹介し、インドネシアのことを教えてもらいました。

いろいろな人とかかわることは自分自身を快活にしてくれます。意識しないと、職場の人たちや家族、それらはいつも同じ人たちであることが多いので、自分自身も中身もかたまってしまいがちです。嫁さんのおかげで、僕ら夫婦はいろいろな人と出会い、勉強させてもらったり楽しませてもらったりしています。

と、こうしているうちにも、嫁さんの予定はあれこれと入っているんですよ。(笑)

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レベル高い1年生

2012年07月05日

今年の高校1年生は、なんだかレベルが高いです。「医学部行って研究したい」「薬学部に行きたい」「国公立大学に行く」・・・すでに、自分がどうしていくか、どうしたいかを決めている生徒が何人も。決めていなくても、こつこつこつこつと勉強熱心な生徒もいます。意識レベルが高い1年生。これからが楽しみです。

高校生になってこれくらいの意識を持っていれば、勉強の仕方は自分で探して工夫していきます。あとは学力をつけていくだけ。良い問題に数多く出会うこと。良い問題でなければなりません。この選別が僕らの仕事です。良い問題には、多方面から考えていかなければならない要素が詰まっており、一つの問題をじっくり解くことで自分の中にたくさんのアイデアを創り出してくれます。これが、大切なんですね。

しばらく前、塾を探して回っていた保護者の方に「個別の塾から、国公立大学って行くんですか?」と半信半疑な様子で聞かれました。どういうこと!?悔しかったぁ!久しぶりに悔しかった!行く人は何人もいますよ。予備校がすべてではない。予備校にはかなわないことはたくさんあるけれど、そこまで言われて黙っていられないですね。

高校1年生の大学受験の戦いは、すでに始まっています。彼ら彼女らも、そのことはわかっていました。さて、全国での自分の位置がわかりましたね。今からが勝負です。頑張りましょう!

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100点、とったよ!

2012年07月03日

ウチに来ている小学生は、やる気満々です。
100点とった・・と勢いよく見せてもいいのですが、その生徒はなぜかしおらしく「とりました」と。(笑)でも、「うれしかった?」って聞くと、はにかみながらうなずいていました。お母さんもびっくりしていらっしゃいましたが、喜んでおられました。

100点って、なかなかとれないです。僕は小さい頃、とったことあるのかなあ?(笑)
ウチに来ている小学生は、何かと勉強が楽しそうです。う〜ん、勉強っていうよりもここにいることが楽しそうと言ってもいいかなあ。楽しんでもらえて何よりです。遊び場ではありませんが、今の姿勢をずっと続けて、勉強がわかるようになってもわからなくなっても、変わらずに「なんとかしてできるようになろう」という意志を持ち続けてもらいたいものです。

男の子も女の子もまっすぐで、なんともかわいらしく一生懸命な小学生の授業は、教えているこちらも楽しさ満点です。

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