畠中先生のコラム

人それぞれの成長

2011年11月30日

子どもたちそれぞれ、頼もしいほどの成長を遂げています。
期末試験の結果が返ってきました。みんな、頑張ったんだなあ〜。
テストは簡単だったかもしれない。それでも、点数が上がった生徒はみんな、中間試験のときよりも頑張ったと思える生徒です。自他ともに認める、頑張ったと言える生徒。その頑張り具合は、まだまだ余力があったかもしれないし、工夫も必要だったと思いますが、子どもたち一人ひとりの今持っている力は、発揮されたと思える結果です。

ホッと胸を撫で下ろす一方で、それでも結果が出ない生徒もいます。結果の出ない生徒とじっくり寄り添いながらかかわっていく12月になりそうです。一生懸命頑張っているけれど、本当に結果が出せない生徒はいます。スポーツだって同じ。「こんなに頑張っているのに・・・」と思いたくなるけれど、そこはじっと我慢。やはり、我慢してやり続けられる人が、必ず結果を出します。

3月に入塾した中2の生徒は、これまでいろいろな道を通って今日に至っています。いろいろなことがわかっていなかった彼女は、毎日自習に来ているものの寝てしまったり、勉強の仕方がわからずに効率の悪い自習をしたり、少し点数が上がって天狗になって勉強をサボったりしていました。僕は、彼女の結果が出ないたびに、「自分のどんなところを変えたらいいと思う?」と尋ね、本人の答えるままの回答をそのまま受け入れて、何度も何度も一緒にチャレンジしてきました。その結果、入塾して8ヶ月が過ぎ、ようやく80点を越える点数を取ることができました。

彼女は、結果が出なくて落ち込んだときもじっと我慢していました。我慢して、それでも自習に来ることを続け、ずっと努力してきました。こういった生徒は絶対に結果は出る。毎日塾に勉強しに来るので、こちらもどんどん愛情が湧いてくるものです。月日が経つにつれ、先生方はみんな彼女に声をかけ、応援するようになります。そうしてたくさんの応援が集まり、たくさんの愛情をかけられたから、彼女は我慢もできたし努力も続けられたのでしょう。

点数を上げるためだけの授業、点数を上げるためだけの教育はしません。大切にしていることは、自分で考えて、結果を出せる人間に育てること。塾がなくても、授業なんかたくさんしなくても成績を上げられる塾にしたいですから。
ここは『学校』です。子どもたちがそれぞれに成長していくための場所です。大人になっていく階段を一歩一歩。

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期末試験が終わって

2011年11月26日

ついに期末試験も終わり、慌ただしい毎日がひと段落しました。子どもたちも先生も、ホッとひと息といったところでしょう。
それでも、結果が返ってくるまでは落ち着かないものです。何人かの生徒がテストの感触を伝えにきてくれましたが、「びみょー」とか「難しかった〜」といった言葉を聞くと私達も不安になります。(笑)

私達は、テストの点数を向上させ、成績を向上させることが役割です。しかし、それはあくまでも形の上での結果であって、成績さえ上がれば、何でもいいというわけではありません。中学1年生のある生徒の成績を上げるためには、受け身で学習しているその姿勢を変えなくてはならず、自分で考えずにすぐに人に答えを求めるその生き方を変える必要がありました。それは一朝一夕で変わるものではなく、何ヶ月もかけて取り組まなければならない。その間、なかなか成績は向上しないかもしれないけれど、それは遠回りなようですが、成績を上げるには一番近道だと言えます。

自分で考える・・・テストの結果を受け止め、次に自分はどうしたらよいか考え、決めて実行する。それを繰り返すことで、自分で勉強する姿勢も生まれます。自分で考えない生徒は、次に自分が何をしたらいいか、人に答えを求めます。親や先生、友達に。それでは、世の中の流れからどんどん取り残されていくだけ。子どものうちは、親や先生がサポートしてくれるけど、そのクセが変わらない限り、大人になっても受け身な自分のまま生きることになる。社会に出たときに自分の評価を下げてしまうことになるのです。

でも、そのことを理解してくださる保護者の方々はありがたいのですが、「何よりも結果なんです!」という保護者の方に、ご不満な気持ちを抱かせてしまうことも悩みの一つです。もちろん、受験生はあたりまえでしょうけど、その受験生ですら、受け身な生徒もいます。一度ついた習慣を変えることは難しい。変えるには時間がかかるけれど、受験生には時間がない。この仕事は、この葛藤との戦いだとも言えます。一日も早く習慣を変えながら結果を出さなければならない・・・。私達も子どもたちと同じように、自分たちのやるべきことに挑んでいるって感じですね。

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やってよかったと思える瞬間

2011年11月16日

保護者面談の真っ最中です。毎年3回、6月、11月、2月に定例で保護者の方とお話します。今は受験生の保護者の方々との面談中。僕は常々、僕の塾に来て下さっている方々には、学力の面以外にどんなことでもいいのでお役に立てることがあったらいいなと思っているのですが、お役に立てたことで感謝のお気持ちをいただいたときは、本当に嬉しくなります。

「先生のあのひとことで楽になりました」

受験になると受験生はぴりぴりしますが、ご家庭でも保護者の方々もまた、やきもきします。何かを言って我が子を混乱させたり嫌な気分にさせないようにしようと思っても、ついひとこと言ってしまい、関係が少し悪化したり、子どもさんと話をしにくくなるなど、保護者の方々も子どもさんに気を遣う時期です。受験生も悩みますが保護者の方も悩まれるんですよね。僕が何気なく言ったひとことで保護者の方の気持ちが楽になれば、こんなに嬉しいことはありません。

「先生のところに通わせてもらってから調子がよくなり、いきいきしてきました」

子どもたちは少なからず、悩みや問題を抱えているものです。それは勉強以外のことです。そんな悩みや問題は、塾で解決できるわけないだろうと思って入塾してきても、僕の塾では解決に向かっていきます。なぜなら、講師には「一人一人の生徒に対して思いやりを持って接すること」「安心して通ってもらえるように、気分よく過ごしてもらえるようにしよう」と常々言っているからです。講師のみなさんもその意図を充分に汲んでくれています。勉強を教えるのではなく、子どもたち自身を支える存在になろうとする姿勢が子どもたちに伝わり、子どもたちは応援してくれる人の存在を感じながら、力強く前へ進もうとしていくのです。

「先生のところへ通うようになって、子どもが変わってきました」

この言葉が一番、嬉しい。これで成績が上がれば言うことなし。たとえ成績が上がっていなくても、本当に嬉しいこと。

まだまだ面談は始まったばかり。嬉しいお話をいただくこともあれば、厳しいご意見を頂戴して勉強させていただくこともあります。人生において僕なんかよりも大先輩な保護者の方々のご意見を聞いていると、子どもたちを成長させようと頑張っている僕たちも、一緒に勉強して成長していくんだなと感じられます。

僕らがどこまでお役に立てているのか、まだ足りないことがあるならすぐに取り組んで、支えとなれる存在になっていきたいと思っています。

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命名 応宗

2011年11月11日

我が子の名前です。
「まさむね」と言います。
畠中応宗・・・いい名前です。

僕がとってもお世話になっているお寺のご住職につけていただきました。
神々しい名前だなぁ。とってもとってもありがたい名前です。
僕より大物になりますね。

どんな言われがあるのか、どんな意味が込められているのか、それは僕の心の中に。
塾に来ている子どもたちと同じように大切に育てていきたいものです。

誕生に立ち会ってからまったく顔を見ていません。
僕は、自分の子どもより塾生の子どもたちを大事に。嫁さんには誰よりも自分の子どもを大事に。
僕はそう考えていたのですが、「自分の子どもも大事にしなさい」と保護者の方に教えて頂き、週末は子どもの顔を見に帰ります。嫁さんも大変そうなので。(笑)

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変わりたい人、大歓迎!

2011年11月10日

素敵な高校生が入塾してくれました。とってもとっても素直な子です。
でも、どこか自分に自信なさげで、もっと思い切って自分を出したらいいのになあと思っていました。
その生徒と1時間ほど話したでしょうか。今の自分について、将来について・・・。

その翌日、入塾の手続きに来られたその生徒のお母さんが教えてくれました。
「あの子、昨日、先生とお話して帰ってきて、『変われそうな気がする』と言っていましたから、まるで魔法がかかったように、とってもこの塾に期待していると思います」

とっても嬉しかったです。
僕の目的は、子どもたちが自分の力で目の前の課題を乗り越え、自分に自信をつけてもらうこと。だって、それができなければいつまでたっても自分の力で歩めやしない。塾なんかがなくても、自分で勉強できればそれが一番良いんですから。

僕が経営する塾は『学校』です。だから、ただ勉強の成績を上げるのではなく、子どもたちが成長していける場所にしているのです。その生徒は「自分を変えたい」と強く思っていました。もっと自信を持ちたいと。そんな生徒に僕の塾は持ってこい!なのです。ここには、一生懸命に応援してくれる講師がいます。能力は高くなくても、一生懸命です。そして、人間味あふれる雰囲気が安心感をもたらし、あたたかい気持ちの中で落ち着いて学習に取り組めます。

そんな中だからこそ、自分に自信がなくても「やってみよう!」って思えるのです。そして僕には、子どもたちがこの塾を卒業するとき、ここに来て本当によかった!と思ってもらえる自信があります。

今日もある中3の生徒に「絶対に合格できるよ」と言ったとき、こう聞かれました。
「先生、なんでそう言い切れるん?」

「俺がそう言い切ったら、なんかそう思えてくるだろ?」

「そうやな」

「自信なんて、そうやってできるもんや。おまえは絶対に合格するよ。だから安心して勉強しなさいな。」

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出産は、子育ての原点

2011年11月05日

僕が出産に立ち会っていたのは9時間。嫁さんはその数時間前から、すでに頑張っていました。
9時間ほとんど何も口にせず、1本のペットボトルのお茶のみで付き添った出産の立ち会いの中で、子育ての原点は、出産にあるんだなと学びました。

始めの数時間は、一緒に呼吸をしたり励ましたりしているけれども、心のどこかに「産まれてくるまでにまだ時間がある」と、気持ちに余裕がありました。出産を楽しみにしていました。嫁さんも同じ気持ちだったと思います。それが、なかなか赤ちゃんが動かない、思うようにいかないと誰もがわかってくると、「どうしたのかな」という疑問が生まれ、それが不安につながり焦りを生み出します。焦ると、たった10分しか経っていないのに看護師さんに「どうですか?」と聞いてしまう。「まだまだです」と言われるのですが、嫁さんは何時間もずっと・・という状態なので、僕も心配になって右往左往してしまうわけです。

しかも、産まれる前の赤ちゃんを見ることはできないから、赤ちゃんがどのくらい頑張っていて、どんなにしんどいのか想像することをしていなかった。嫁さんのことを心配してみたり、僕自身に疲れも出てくる。焦って、時間ばかり気にして。気づいたら、「早く出てこないかな」といった気持ちになってしまっていました。

赤ちゃんというのは、本当に長い時間をかけて少しずつ少しずつ移動して産まれてきます。まだまだ、一人で生きられない状態なんですからあたりまえのことです。頭ではわかっていたはずなのに。必死で一歩一歩、誕生に向かって頑張っているのに、大人の僕が焦って、早く出てくることを期待する・・・それは、早く誕生を迎えてホッとしたいという、自分の欲求なのではないかと思ったのです。

そのとき、「ああ、俺は、待ってあげられていない」と感じたのを覚えています。それと同時に「これが教育なんだ」と感じました。赤ちゃんが自力で出てこられるように待つこと。ただ待つのではなく、母親は呼吸や姿勢を整えて、赤ちゃんが動きやすくすること、父親は母親を支え、母親が赤ちゃんを産みやすい状態を保てるよう支援すること。できることを全部、信じてやり続けながら子どもの成長をじっと待つ。結果を焦って、早々に手を貸したり助けたりしないこと。早く結果を欲しようとしないこと。

産婦人科の先生が「なんとかしようと思えば取り出せるけれど、それはいやだからね」とつぶやいた瞬間がありました。大人の知恵や医療の技術の手を借りれば、嫁さんはもっと楽に産めたかもしれない。赤ちゃんももっと早く出てこれたかもしれない。しかし、それはしない。なぜなら、赤ちゃんにとって『誕生』とは、自分の力で生まれ出ることが、これから自分の力で様々なことを乗り越えていくはじまりの意味を持つからです。その機会を我々大人が奪ってはいけない。

実は、産婦人科の先生も悩んだ出産でした。「どうしようか」と首をかしげ、悩んでおられました。その間も、嫁さんの体力はどんどん消耗されていく。嫁さんの残りの体力はどのくらいか考えながら、赤ちゃんの動きをよく観察し、産婦人科の先生はずっと考えておられました。どうすることが最も良いのか。赤ちゃんにとっても母体にとっても。それでも先生は、焦って結論を出さず、待って待って、待ち続けていました。僕は嫁さんを見ていると、「早くなんとかならないのか?」と聞きたくなる気持ちでいましたが、専門家がわからないものを僕がわかるはずもない。そのときに、僕の役目は、自分にできることをひたすらやり続けるだけだと思ったんです。だって、嫁さんはずっとずっと、変わらず頑張っていたのですから。最も大変な彼女と赤ちゃんが頑張っているのに、横で見守っている自分も同じようにやり続けることが、『家族』の務めであると。

教育の原点は、出産にありました。焦って手を打つのではなく、じっと見て待って、子どもの自力を信じること。自力が発揮しやすいようにアドバイスし、助けること。あくまでも、子どもの自力を最優先とする。親として教育者として、結果を焦らず子どもが自分の力で人生を歩めるように『一生懸命、待つ』こと。一生懸命、待つんです。ただ待つこととは違います。ただ待つのは、何もしないことと同じ。嫁さんが一生懸命呼吸をしていたように、僕が一生懸命、嫁さんの呼吸に合わせていたように、直接、子どもに対して何かをするわけではない。子どもに対しては「待っている」だけのように見えるんだけど、子どもが自分の力で乗り越えていけるように一生懸命待つんです。

だから、待って待って待って誕生したとき、言葉も発することができないくらいの感動だったように、それは子どもの成長に置き換えてみると、待ちに待った子どもの成長も、同じように感動することになります。そしてその感動は大きな愛情となって再び子どもに注がれていく。たくさんの愛情を受けた子どもは、自分自身に対して強烈な自信を持つことになり、よりいっそう成長していく好循環を生み出していくのでしょう。

嫁さんと赤ちゃんに心から感謝しています。どんな本を読んでも学ぶことのできないようなことを学ぶことができました。塾にきている子どもたちへのかかわりが、大きく変わっていく確信があります。

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出産

2011年11月04日

11月3日。ついに産まれました。男の子。とっても嬉しいです。感動です。本当に素敵な時間でした。こんなにも素晴らしい時間なのかと。

陣痛が始まったと聞いて新幹線に飛び乗り、嫁さんのいるところへ向かいました。15時頃にたどり着いたとき、陣痛に苦しむ彼女を見て「ああ、本当にいよいよなんだ」と思うとともに、かわいそうでかわいそうで、まず涙が出てきました。一生懸命な彼女に気軽に言葉はかけられず、ただひたすら一緒にいて同じように息をして、見守っていました。水を飲むこともできなければ僕も水を飲まず、暑ければ顔を拭いてあげて、自分にできることにひたすら努めていました。

僕よりも基礎体力がある嫁さんは、少々のことではへこたれません。身体も強いし我慢強い。それでも、10時間以上も頑張り続けた彼女が、言葉を発することもままならない状態で「まだですか?」「し、しんどい」と声を絞り出したとき、心から「なんとかしてやりたい」と思い、必死で考えていました。

「俺は、どうしたらいいか・・」

専門家でないので、考えてもわかるはずもありません。すべては産婦人科の先生にお任せするしかない。それでも自分にできることは何か・・・。答えは一つ、自分にできることをやり続けるしかない。
一緒に呼吸をし、濡らしたタオルで顔をふき、よく観察してタイミングをみて声をかけて励まして・・・。彼女ほどではないけれど、僕もクタクタになるまでやり続ける。

そうしてやっとこさ産まれてきた男の子を見たとき、とにかく言葉がなかった。ただじっと二人で見ているだけでした。そして、「よく、出てきたね」・・という気持ち。

保護者の皆さん方が、出産のときに味わったであろう気持ち、僕らもようやく感じることができました。
こんなにも素晴らしい時間なんですね。
今はまだ、思い出すと涙が出てきます。感動したとかよかったとか、ひとことでは言い表せない気持ちです。

興奮冷めやらぬまま、すぐに教室に戻っていつも通り仕事です。教室では、講師の先生方や気にかけて下さっていた保護者の方々に「おめでとうございます」と声をかけていただき、よりいっそう教室に通ってくれる子どもたちのために、自分のできることを一生懸命やろう!と心を新たにしました。

みなさん、ありがとうございました。幸せです。

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父親になる日

2011年11月01日

実は、もうすぐ子どもが産まれます。まもなく出産予定日なので、気持ちがソワソワします。
嫁さんが実家に帰っているこの数ヶ月は仕事に没頭できたのですが、教育に携わる仕事をしていると、やはり頭の中をある思いがよぎります。

「父親になるのか・・」
「俺は父親として、自分の子どもをどのように育てるのか」

何をどんなふうに考えても、何にも思い浮かびません。(笑)
私は、実際に自分の子どもを育てる経験をしていないから、子育てについて、塾に通ってくださる保護者の方々の方が私自身よりずっと先輩です。本当に、いろいろ教えてもらいたいです。私は、塾生の一人ひとりに対して「こんなふうに育てていこう」という思いがあり、一人ひとりの特徴、性格をよく把握しているつもりなので、将来、どんなふうに成長していくのかが見えてきます。その上で、自分がどのように子どもたちにかかわって良いか、はっきりとわかったりします。塾生のみんなを育てていくことには自信があります。

でも、自分の子どもにそれができるのか?

よく、入塾面談でこんな話を聞きます。
「私が教えられなくなってきました。」
お母さんがお子さんを教えられない。言うことを聞かなくなったり、教えている保護者の方がつい感情的になってしまったり。特に、親が感情的になってしまうと、子どもは心をシャットアウトしようとするので、学習効率は上がっていきません。私も、自分の子どもに何かを教えようとするとき、感情的になってしまうのでしょうか。(笑)

なるんだろうな。親だもん。
やっぱり、親って特別ですよね。子どもって特別ですよね。
それでも、妥協なく『子どもの成長のために必要なことをする』・・・それは自分の子どもでも、塾に通ってくれている子どもたちでも区別することなくやっていくことが、僕自身の役割だと思っています。

あとは、それがうまくできるかどうか不安なだけ。そりゃそうですよね。子どもが産まれるなんて、初めての経験ですから。

保護者の方々から、「もうすぐですね」「楽しみですね」と声をかけてくださるお心遣い、本当にありがとうございます。
おかげさまで順調に出産を迎えられそうです。

今は、ドキドキしています。
だって、醤油かけて食べなきゃいけないものにソースかけてしまったり、さっき買ったことを忘れて、同じものを買ってしまったり・・・今日はテンパってます・・・。(笑)

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